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映画『かぐやびより』、また見てきました。
 何度見ても幸せな気持ちになります。 なんなんだろう、これは、と思うのです。
やっぱりあそこで働いている障がいのある人達のチカラではないかと思ったりするのです。 人を幸せな気持ちにさせるチカラです。
彼らの周りにいる人達の幸せもビリビリ伝わってきます。 いろんなイベントに集まった人達みんなが幸せそう。
 映画を作った監督も、はじめてかぐやを訪れた時、やっぱり このなんともいえない幸せを感じたのかも知れないと思いました。だから映画を撮り始めたのではないかと。 幸せに説明はいりません。だからナレーションもなし。 幸せがストレートに伝わってきます。
  (高崎明 NPO法人ぷかぷか理事長 2回目の投稿)

全編ノーナレーションで字幕もない。
誰が誰なのかよく分からないまま、
日常のひとこまが静かに重なり合っていく。
いろんな人が「かぐや」の扉を出たり入ったりしながら、季節が過ぎていく。

何ともいえないこの距離感に変化が現れるのは、
メンバー各自の個性がだんだんわかってくるから。
気づけば彼らと一緒に笑ったり、心配したり、うるっとしたり。
他者による説明が一切ない分、自分の気持ちの動きに気づきやすい。

私たちは日々、何を見て生きているのだろう? 
生きる喜びとは何なのだろう?
「かぐやびより」は観る者にその答え探しを託した作品だと思う。村山みちよ(プロデューサー/シアトル在住)

私は「かぐやびより」を観て、どこか仕事に対する心持ちが変わったような気がします。
まだまだなとこもあるし、模索中なこともあるけれど、やっぱり大事にするべしことは大事にするべし‼︎ってシンプルに思いました😊
真心というか…✨
映画の面白さも初めて感じました‼︎
(辻 奈々 障がい者支援施設 浅間学園 支援員)

私の兄も知的障害があり、映画を観ていて昔のいろんなことが蘇ってきました。
母はあまり外と繋がっていこうとするタイプではなかったので、いろんなことを自分の中に抱え込み、思い返してみると子ども時代、家の中では辛いシーンが展開されたこともありました。
父はあまり積極的には動いてなかったようなので、よけいにそうだったのでしょう。
かぐやに通って来る人達やそのご家族にも、映像には映ってないけれど我が家よりもっともっと大変なことがあるんだろうなあと思います。
けれどかぐやに出会い、あんなふうに安心して個性を発散し、自分を表現できる場を得ることができたというのは、何よりの幸せだと思います。
それはまた運営されている藤田さん親子も同じなんでしょうね。
兄も昔は就職先でいじめられたりして苦しい時期がありましたが、その後いい共同作業所に出会って、67歳の今も仕事をし、市民グループに入って好きな合唱を楽しんで生き生きとしています。

戸田直子 京都在住)

自分のイメージしていた障害者施設というものと良い方向に違うことにとても惹かれました。職員の方も単に「仕事だからやっている」という感じではなく人として「人」を観てやられている感じで、それが利用者の方々の良い表情につながっているのだなと思いました。

(鈴木裕策 49歳)

いろいろな人がいていい
一人一人がそのままで 
そのまま ありのまま
あたたかくて
幸せなところばかりじゃない
悲しくて つらい 
そんな反面の部分が
写し出されているのが 
とても良かったです。
(おぐりゆうこ)

 かぐやさんが特別である点として、障害の有無、重度かどうかなどに関わらず、一人一人を社会に生きる人間として扱っているところに惹かれました。
一般的な障害者施設は、おそらく障害者と健常者を分けて考えているから、接する側にも無意識に「彼らは異質な存在である」という感覚があるのではないかと思います。
職員の方の「みんな辛いことを抱えているけど生きてる」というような言葉に、まさにかぐやさんの素敵な考え方が表れていると感じました。
(すずきあかり 18歳)

一人一人が 喜びも悲しみも抱えながら
言葉にならない想いを
ここでは安心して表す事が出来る
“ただ生きている“ その事がどれほど尊いことかを
感じさせてくれる映画でした。
かぐやで大切にされている事が
この社会の中で大切に出来たら
どんなに幸せだろう
“命が輝く場所“
そんな風に感じました。
(糸井真理子)

小二 ダウン症児の母です。
前田さんの姿をたくさん見てしまいました。
動きが息子のように見えて 微笑ましくみてしまいました。
かぐやの人たちの表情がとても素敵で
息子も大人になって 
楽しいことを たくさん出来る
かぐやのような場に 出会えるといいな。
(浦 40歳)

子供を育てる親となり
私自身も不登校の経験もあり
この世界にいろんな人がいる中で
ただ受け入れて 自分でいられる 一緒に成長できる場所
家庭 環境を家族にも 友達にも
共に作っていけたらいいなあと思いました。
(春山彩 34歳)

どんな映画?と言われると、日常かな。

私もそこにいてまるっと受け入れてもらえているような気持ちになった。

通所する彼らがいかに今までの日常が大変だったかと、見終わってその重さに苦しくなる。

かぐやは、統合失調症の長女の過ごす場所、居場所として作られたと知りました。

その長女の自死はあまりにも辛い。

涙がとまらない。

少し前の長女の苦しい時間と重なるから。

不登校の子どもたちの生きづらさとも重なるから、

こういう関係を作れる場所が、人間誰しも必要だと思う。

自分の在り方を考えてみようと思う。

(こあさん 4人の子供の母)

 映画に出てくる皆さんとの距離感が心地よい映画でした。

説明の字幕がないことで臨場感があって、私もその場で一緒に前田さんの踊りや、かほちゃんの絵、大王さんの踊りを見ているような気がして、思わず拍手しそうになったりしました。

 美化することなく、その人の瞬間瞬間を切り取られていて、みんな魅力的だけれど、さらりと暴力の話も出てくるところが、生きていく苦しさも感じられました。

(佐藤佑香(市職員)

鑑賞中、たぶん10回かそれ以上、私は「うわあああ」という勢いで「泣けそう」なテンションになった。

そして最後の最後には耐え切れず涙が出て、マスクが濡れて微妙に気持ち悪かった。

  障害がある人でもない人でも実際は明日どうなるかは誰にもわからない。

ただ、命についても考えざるを得ないほどに、今を生きていることが伝わって来る。

それが何だかすばらしくてそして少し切なくて泣けてしまった。

私はドキュメンタリー写真家ではないから、写真は撮れるけど、心得がまだまだ未熟であると思う。

例えば仲間と、自分の生きる社会とつなげてつながっていくとしたら。

そんな可能性を鑑賞後に考えた。

つなげたがりの血が、少し騒いだ。

(菅原 理美 Life Studio 湘南店店長)

友人に教えてもらった映画を

なんも知識もなく観ましたら…

「普通という基準で生きなくて良いんだよ…

生きてるそのまんまで…良いんだよ…」

そうメッセージされてるみたいに感じて…

なんだか、な〜んにも考えられないで

段々と無意識というか

無空間?の中を漂う意識?

みたいになっていました…

観終わった後に

なぜか?自分の精神が

苦しかった時の映像が重なっちゃって、

泣けちゃって、

泣きながら、

「ただ、ありのままを…こんな世界もあることを

伝えていただいてありがとうございます。」

っていう人の在り方を感じさせてもらえたことに

感謝の氣もちでいっぱいになっていました…

(中島心也真也)

 いい映画を見てきました。『かぐやびより』という映画です。 障がいのある人達がいっぱい登場するのですが、福祉の匂いが全くしません。ただただ人への愛おしさがあふれている。愛がてんこ盛り!って感じ。だからみんな幸せ。みんなの日々が輝いてる。

 その幸せ感がビリビリ伝わってきて、こういうことこそ大事だよな、とあらためて思う。 それと、あたりに漂うなんともいえない泥臭い雰囲気。これがものすごくいい。気持ちがふわっと安らいで心地いい。今、社会に必要なのは、この雰囲気だよな、と思う。

 私たちが見落としてきたもの、福祉が取りこぼしてきたものが、この映画にはいっぱいある。ぜひ見て下さい。虐待で騒がれている施設の職員はこの映画をしっかり見た方がいい。虐待をする施設と何が違うのか、何が施設で抜け落ちているのか、映画を見ながら自問した方がいい。  

高崎明(NPO法人 ぷかぷか理事長)

 ハートフルな映画だったから みんなそこで生きていたから・・
映画を観ていたハズなのに私まで 時空を超えて、「そこ」にいたような体験をした。
映画を観る前と 観た後の私はもう別の人間だ。
観た後の私は、せんえつながら みんなのことを知っている 家族のひとりだよ。
舞台挨拶では「言葉を発しない」エリカさんもご登壇された。
「発しない」のになぜ登壇?
けどそれは映画を観たらわかる。 発しなくとも伝わるからだ。
「楽しい」も「嬉しい」も。
「そこ」にいる人たちの映画だった。初めはビックリするかも。
それは知らなすぎて、見たことがなさすぎて。
けど、観終わる頃には もう家族になってるよ。観たくない? 観たいでしょ?
奥山佳恵女優・タレント)

『かぐやという〈場〉』

 同じ場所を何度も往復し、歌を口ずさみ、作業の手伝いもせずに踊る青年に

心の底から「いいなあ!」と緩やかな笑いが込み上げる。

何故自分がこのようにしてあるのか、人は誰もその所以はわからない。

だから何も気にすることなく ありのままで居ることを許される。

そういう場所があるというのは それこそ幸いだ

対象への評価や作為を持ち込まない 津村氏の純粋で直向きな眼差しがそっと

〈人とは何か〉を問いかける。

福冨哲雄映像プロデューサー・ディレクター)

 福祉施設や障がいをテーマにしたドキュメンタリーは「啓発」に重きが置かれている印象がある。
この映画は、見ている私たちに価値観を押し付けない。そこには「見ている方に感じてもらいたい」という監督の想いがある。
映画を観ていると、不思議なくらい自然な呼吸で、さんわーくかぐやという福祉施設に行った気分になる。

良い感想を言わなくてはいけないと言う妙な緊張感はなく、福祉や障害を知らなくてはついていけないと言うことも全くない。
「ただ、感じる」この不思議で楽しい感覚は何だろうか。
小川優フリーアナウンサー)

 ファインダーをのぞく目は。プラス1でもマイナス1でもない。プラスマイナスゼロの世界だ。

昔見た戦場カメラマンのそれと同じ静謐さで一人一人の様々な思いを浮かび上がらせる。

様々な生きにくさを抱えて生きている彼らの心のありように、何度も涙がこぼれそうになる。

みんなに愛されたい、楽しく過ごしたい、幸せと思える人生を送りたい。

求めるものは特別に大きなものではない。当たり前の感情だ。

君が私にとって、かけがいのない存在だということを愛のオーラで伝えていきたい。

そう思った。

ステキなドキュメンタリー映画を見せていただき、有り難うございました。

細沼凉子 (メンバーの母)

 私には、知的障がいを伴う22歳の自閉症の次男がおります。

いろいろありつつも幸い就労に結びつくことができ、今は一般企業で働いています。

息子が将来仕事を続けられなくなったときや、もう少し違うコミュニティ、居場所を必要としたときに、どのような生活環境をみつけてあげられるかは私たちの永遠の課題になると思っています。

私自身、障がいのある息子を育てていること、息子の育ちを支援してくださった方のことが忘れられず

公立中学校の特別支援級のヘルパーとして働いています。

私たちには、長男もおり、この春医学部を卒業し、藤沢市の病院で医師として独り立ちいたしました。

ごく普通のサラリーマン家庭から医師という職業を選択した背景には弟の障がいや、それまでの家族のありかたがその動機のひとつになっていることは間違いありません。

彼はまた、違った場所で障がい者や、その家族の気持ちに寄り添える医師になるのではないかと思っています。

この作品が共生社会の理想と現実を考えるきっかけになるといいですね。

笠松由紀公立中学校・特別支援級ヘルパー)

 一人で撮影、編集、出演交渉、許諾…その大変さが分かるだけに、映画として見事上映までに至ったことをまず尊敬します。
丁寧な説明がないことで、自由に思い巡らせることができました。
ラストも素敵でした。皆さんがいろんな場所から我が家へ向かうシーン、
原さんが津村さんに歩み寄り声をかけてくる所。
彼女の人間性が滲み出ていて、とても可愛いらしかった。

障害ってなんだろーな、生きるって大変だけど面白いなー。でも親は大変だよなー。
普段彼らのような人をそこまで見かけないということは、それこそ不健康で、隔絶された世界に閉じ込められてるのかなー…
いろいろな事を考えさせられました。

子供たちにもぜひ見て欲しい作品です。
私は中学生の息子を連れてもう一度、観に行きます!

梅津敦子TV番組プロデューサー・ディレクター)

 一緒にそこにいる気分になって笑える映画でした。

映画の中で「楽しいね」と言葉に出しているのを聞いて、いいなあと思いました。なにげない一言なんだと思いますが、心が動いたことを言葉に出して誰かに伝えるって、いいですよね。なにか特別なことが起こらなくても、楽しいね、うれしいね、という瞬間があるって、いいですね。何か特別なことが起こるわけではない日常を記録することは、テレビではそうそうやらせてもらえない、何かドラマがないとおもしろくない、何かそこにフォーカスする理由がないと番組として成立しない、という理屈の中で、撮影のために何かをやってもらうことばかりなテレビの世界にも、わたしは息苦しく感じているのかもしれません。

自分がどうありたいのかを考える1日でもありました。といっても、答えは出ないけれど… 

梅澤恵利子TV番組ディレクター)

 かぐやびより、ほっこり時間をしに行ったつもりが
琴線に触れまくりで1時間半ほぼ泣いてた(まぶたパンパン??)
深いところが揺さぶられるこの感覚は言葉にはできないなあ
祖父がが建築家(か棟梁)
利用者さんが満足そうな表情で
「ああ俺、じいちゃんの役に立てた。」
という言葉が胸に刺さって抜けない。
誰もがこんなにも人の役に立ちたいと生まれてくる
私は子育てをして初めてそれを知った。
沢山の薬で抑えるのだけではなく
その障害を抱いて生きていく大切さ。
一人一人の包容力がもっと大きくなりこの社会が子宮のような弾力をおび
さまざまなことを共感しときに面白がって一緒に生きられますように
かぐやのような懐の広さよ
ひろがれ~~
愛の伝染だ~~

るんちゃん二児の母・鎌倉在住)

 皆さんが制作されていた作品もとても印象に残りました。
既成概念や知識にとらわれている私には到底描けないものだと思いました。
憧れます。
障害があるからこそ純粋に見えてるモノや、
障害が無くても知識に邪魔されて見えなくなっている物は
沢山あるのだろうと思いました。
そしてそれを表現する手段も純粋で、絵を描く事や、何かを作り出す事を楽しんでいて、
自分を貫いている感じが素敵で羨ましいと感じました。

濱岡朝子絵描き・藤沢在住)

 まず率直に感じた感想は「すべての映像が『優しく心地よい』」ということでした。被写体の皆さまの人間らしさと、制作者の優しさ、温かい眼差しが化学反応を起こし、みる側を引き込み、かつ物思いに導いていきます。

私が考える良い映画論は、見終わった後に印象的なシーンが次々に頭の中にリフレインしてくる映画です。

やっぱり原さんの笑顔、悩んだ顔は最初にリフレインしてきますし、副理事長の藤田さんの表情、大王さんのダンス、ダウン症の男の子の優しさ、自閉症の女の子の純粋さなども思い浮かびます。

本当に色々考えさせる作品を見せて下さり、ありがとうございました。

藤井耕介NHKエデュケーショナル・科学健康部チーフプロデューサー)

 私はかぐやびよりを見て…言葉だけでは言い表せない感情で包まれた。今まで私がかぐやで感じてきた魅力をさらに越えた感動に包まれた。かぐやそのものの感じもするし、もっと深いところが感じられ気した唯一無二の映画だ。

考えるのではなく、感じとる映画。なぜだか、涙が止まらない。

かぐやに関わる人々の日常。かぐやで過ごす人々の人生。人はね、こうやって生きていくんだよ。

人はね、こんなにも愛おしい存在なんだよ。

人が幸せになるために、必要不可欠なもの、それは、誰かに心から愛されて、あなたはあなたでいいんだよって全部を包みこんでもらえたかなんだよ。

人との繋がりが何よりも人を強くして、人を豊かにするんだよ。

そんなことに気付かせてくれる映画でした。

Shimizu Kana教師)

 かぐやの映画、割とガチのドキュメンタリーだったwwww

かぐやに通ってるみんなもそれぞれ大変な過去があって、初めていまのかぐやでの幸せを謳歌してるんだなぁ・・・・。

俺、なんだか自分が恥ずかしい・・・・。

山崎翔太郎メンバー)

 ノーナレ2時間のドキュメンタリーということで、友達を呼んだ手前、大丈夫かな?とちょっと頭をかすめましたが、いやいや、2時間あっという間!
途中から温かい涙が止まりませんでした。
テレビだったら、わかりやすく説明を求められると思うのですが、この映画にはそれが必要ないんだなと納得しました。
ただ観る人が、その場に立ち会えばいいんだと感じました。
いつの間にか、「さんわーくかぐや」に一緒にいるよう
な感覚になっているんですけどね。
知的障害や自閉症の人は、自分の世界の中でどこか超越して生きているように思っていたんだけど、人間関係に悩んでいる姿を見てハッとしました。
そうだよ、みんな同じように悩むこともあるんだよって。
自分がとても愚かです。そんなことにも気付かなかったなんて…
なんだか心洗われました。

田上志保TV番組ディレクター)

 沁みましたー。色んな人の優しさが。

藤田さん親子の受け入れて、包み込む優しさももちろんですし、利用者の皆さんの優しさも。

利用者の皆さんの大変な苦労もあったようですが、じんわりとした笑顔や、ユーモアというか個性というか。

みんながちゃんと乗り越えながら、向き合いながら、支え合ってる感じがとても良かったです。

みんなにちゃんと役割があるんだな、と伝わってきました。

障害を持って生まれて来た子供の親としても、色んな事を考えながらみました。

やはり親として、心配も多いし、見守っていたい(結局は自分が安心だから)という想いがありますが、絶対にどんな人(子供)にも、自分の社会が必要で、そこは離れてあげなきゃいけない。

障害のある子供からの子離れが、親にとっての一番の難関ですが、必要な事だな、と。

原さんの物語には、特に思うところがたくさんありました。

退所は淋しくもあり、頼もしくもあり、彼女の行く先に希望が多くある事を願わずにいられませんね。

野田朗子会社員 3児の母)

 自主映画って、やっぱり良いなあ〜〜〜と感銘した。

字幕も、ナレーションもない、現場の状況だけで作られたドキュメンタリー

それって、今のテレビでは多分できない…

だってね、行ったこともないのに、かぐやの人たちと一緒にいるような感覚

もう、観てる人、撮られている人という境がないの

スタッフと通ってくる人たちの境がない。。。

みんなが『家族」みたいになって、ただ、毎日そこで生活している

自分たちで汗水垂らして作ったお米や野菜を切って、調理して食べる。

片付けして、お掃除して、何か好きなことして1日が終わる

なんだろう、、、生きてるっていう実感がそこにはある感じ…

バックパッカー時代はまった島で感じた『生きる』『生活する』感覚を思い出しました

観終わった後、ありがとうと、感謝、という言葉しか思いつかなかった。。。

塩田ユミインターナショナル・コーディネーター)

 淡々と日常が流れていく中、一人ひとりにクローズア ップしつつも重くなりすぎていない。凄い!と思いました。
靖正さん、慶子さんのコメントは素の感じだからこそ、すごく伝わってきて、
津村さんだからこそ引き出せたのだろうなあと思いました。
かぐやのような場所が増えていくことを切に願います。
水澤真美鎌倉あそび基地 理事長・ふかふか 運営)

 うるささ、押しつけがましさから全く遠い世界。淡々としていて、
「ひより」というタイトルに似つかわしい、温かい日常風景でした。
ナレーションがないのは、すがすがしいですね!
わたしは、登場人物に惹かれて、それぞれのファンになりました。
人間の根っこのところで持っているユーモアに笑みがこぼれました。
まさしく、イノセントワールドですね。
日々を大切に暮らしてゆく大切さ、尊さをしみじみ学ばせていただきました。
佐藤美奈子日本語教師)

 映画を観ながら、そして観たあとで更に、僕が彼らになったように感じています。
だからなおさら、あたらしい芽生えを発見しています。
津村さんの眼の中の宇宙の中に僕たちが入ったのかなあと思います。
日影良孝一級建築士)

 笑いあり、涙あり、色々考えさせられました。

見ていて思ったのは、彼らは日常の中で自由であり、正直であり、障害者って区別するのは問題で、彼らの方が生き方が素晴らしいと思いました。むしろ世の中のような環境は異常というか、

問題だなと感じました。個性を尊重し、みんなで食や生活を共にする時間も大切だと感じました。

見に来ている方々も色々で、トークも聞けて良かったです。

下で新村さんの折り紙を見せてもらい、ミッキーのクオリティにびっくり! 

(笹原美香 諸戸林業)

 無難に生きている?


彼らと比べ自分自身に問いました。
喜怒哀楽があり感情がそのまま表に出ていく。
寝転んでも、食べても、行かなくても、働いても、まあまあ自由。
怒っても、喜んでも、悲しんでも、毎日することがあるのは、楽しそうです。
コロナになり感情は表情に見えにくくなった。知らず知らずのうちに感情をコントロールする術は身についたが、彼らは感情を表現しているだけ、私は感情を抑えて表現しないだけ。どちらが良いのかはわからない。
うまく表現できる方法を獲得できると、気楽に生きられる気がしました。
木村亮介建設業)

 映画を観ている途中から不思議な感覚を覚えました。いつの間にか自分も「かぐや」と言う空間に一緒にいるように感じていたのです。
皆んなとの距離が近くに感じるのです。ある人が笑えば共に笑い、ある人が涙すれば自然と自分の頬にも流れ、拍手をするシーンではリアルタイムで自分も拍手をしました。
監督を受け入れてくれている、だからこそ普段の姿が嘘偽りなく映し出されているのではないでしょうか。そしてこの作品は、難しく考えるのではなく私たちが忘れている何かを感じさせてくれる、気づかせてくれる、そう感じました。
柳ヶ瀬善夫ドキュメンタリーカメラマン)